創作に対して形から入ることへの考え云々

 

どうも、Thrdimです。

今回は「形から入ること」に対して思ったことをつらつらと書いていきたいと思います。

 

皆さんは創作に形から入ることに対してどう思っているのでしょうか?自分はその時その時によって考えが左右するのですが、基本的には「迷惑掛けなきゃいいよ」的なスタイルで統一しています。

そもそも「創作に形から入る」ってなんだよという方も居らっしゃるかと思います。そもそも形から入るというのは、外見や格好を重視して中身を疎かにする、といったような意味です。これを創作に当てはめると、「モテたいからギター始めた!」とか、「なんか可愛いイラスト書いてチヤホヤされたい!」といった感じです。ニュアンスで理解してください。

ちなみに自分はというとだいたい半々です。DigitalAbstractが作れたらかっこいいな~と思いましたし、同時に楽しそうだな~とも思いつつ制作を始めました。モテようとは思ってないですが。

 

 

少し話を変えます。Twitterをご使用の皆さんならご存知だと思いますが、少し前に創作系関連のツイートで「○○が作れない人のツイートと○○が作れる人のツイート」といったものが流行していました。要するに、すぐにモノが作れる人はTwitterでグダグダ言わずサッと作ってサッと公開するだろ、といったような内容です。

自分が疑問を思ったのは、そういった「形から入る」ことに対して何らかのマイナスイメージが持たれている点についてです。確かに形から入る、ということは言ってしまえば(比較的)不純な動機ではありますし、ある程度の実力が無ければ「なんだよコイツTwitterでグダグダ言ってる割に碌な物作ってねーじゃねーか!」と見られやすいです。しかし前々回の記事に書いたとおり、創作する理由は人それぞれです。モテたいという理由があろうが金が稼ぎたいという理由があろうが(人に迷惑さえ掛けなければ)自由です。実力に関しても言わずもがなです。形から入ろうと出来る人は出来ますし、黙々と謙虚に活動をしている人でも上手く行かなかったりすることもあります。そもそも創作活動の場において実力云々の話は無粋です。

 

 

では何故そういった「形から入る」というスタイルが目の敵にされやすいのか、自分はこれに自己顕示欲(承認欲求)が関わっているのではないかと思います。あくまでも憶測の域を出ないのですが、我々は「謙虚は美徳」であることを無意識に刻み込まれています。謙虚が美徳であること(という一般常識)は皆さんもある程度日常生活で体感していると思います。それが創作活動の場にも降りてきてしまった、というのが自分の考えです。

この考えが創作活動において幅を利かせると厄介です。基本、創作活動において表現する物自体にバッシングを受ける事は無いのに(限度はある)、創作者のスタンスが「色んな人にチヤホヤされたい」や「自分もクリエイターになりたい」というだけで白い目で見られてしまうという謎の図式が生まれてしまいます。

 

 

正直な話、自分は創作活動において「クリエイターぶりたい初心者(にわかとも呼ばれる)」や「形から入る人」達の事はそこまで嫌悪していないです。むしろ自分も殆ど碌な活動が出来ていないので気持ちが解るほどです。しかし、やはり本当に創作者といえるのは始めた理由が何であろうと、活動を継続して何らかの作品を出せる人間の事だと自分は思っています。創作が出来ない人間はいずれ離れていきます。

 

大体ぼんやりと考えたことを書き出してみました。ぼんやり過ぎて文章がおかしいです。とにかく自分は創作する理由は人それぞれなので他人が口を出す権利はないという考えです(意見は別)。もし口を出しそうになってもグッと堪えていきたいですね。

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